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つげ義春作品集は何冊か持っていてどれも好きだけど、初めて読んだ思い出深いつげ作品集ということでこれを。同時刊行された「ねじ式」の方と迷ったけど、「李さん一家」がとにかく好きなのでこっちにした。でもその時々でマイつげランキング(?)が変わる。「無能の人」も好きなんだよなぁ。 母が買ってきて畳の上に無造作に置かれていたのを読んでみたのがキッカケだった。寝そべって手の届くところに漫画があったら誰だってそーする。つげ好きの母には感謝しかない。と思っていたのだが最近になって母が「私つげ義春はそんなに好きじゃないんだよね」と言い出したので驚いた。だってこれまで何冊か買ってきて読んでたじゃん!と言うと「いろんなとこで称賛されてるから、どんなもんかと思って何冊か買ってみたけど合わなかった」とのこと。興味本位でとりあえず買ってみてくれた母には感謝しかない。
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堤抄子作品はどれも素晴らしいのだけど「名刺代わりの10冊」として1作品選ぶならこれ。これだけ深い内容を全5巻に収めつつ、詰め込んでいるような印象を与えないのがすごいと思う。ストーリー自体はかなり重厚な内容であるはずなのに流れに引き込まれるようにするする読んでしまう。そして絵がメチャクチャうまい。この人の作品ってバケモノが出てくるものが多いんだけどどれも造形が凄くて、このアダ戦記のそれらは流線的な美しさとおぞましさが両立してると言うか、初めて見た時は本当に驚いた。古代生物とかを参考にしているらしい。これを読んでいるあなた、もし知り合いにギレルモ・デル・トロって映画監督がいるならぜひその人に「天才の作品です。お読みなさい」と伝えてほしい。その人と堤抄子作品は相性がいい気がするんだ。 この作者の「クラリオンの子供たち」という短編集(こちらも傑作)には、あの宮崎駿が称賛の解説を寄せている。堤抄子という人はそれほどの逸材なのだ。そのためか「時代が早すぎた」感があり、イマイチ売れなかった漫画家さんで、今は大学の先生をしている。未完の作品もあるので、また漫画描いてほしい本当に。
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自分が読んだ手塚作品の中から一作選ぶならこれかな。 「タイガーブックス」「メタモルフォーゼ」も大好きだけど、たぶん一番読み込んだのはこの作品だと思う。 母が購入した大量の手塚作品(全てではないが)の中のひとつだった。一体どこに惹かれていたのか、子供の頃くりかえし読んでいた。仄暗い大人っぽさを味わいたいとかそういうませた理由ではなく、とにかく惹きつけられ読まずにいられなかった。手塚治虫という人は本当に罪な漫画家である。おかげ様で少々ねじくれた人格が形成された気がする。そして母にも感謝。彼女自身は「この作品はあまり好きじゃない」と言ってたが…つげ義春といい、この母子は絶妙に好みが合わない。
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少年漫画からも一冊、と思ったらカテゴリは「青年漫画」らしい。真ん中くらいと思って読むとちょうどいいと思う。 画は上手いとは言えないけど(←みんな同じ事言ってる)、アクションシーンの構図とかスピード感とかコマ割りとか白黒のコントラストとか光の入れ方とかがメチャクチャ良い。ストーリーも斬新で、この作品ほど読んでいて心臓がバクバク言った漫画作品はいまのところ他に無い(「胸が高鳴った」というよりはもはや「動悸」に近い)。ただ合わない人には合わないと思う(←みんな同じ事言ってる)。 私は連載を追っていて結末を知っていたので、加筆修正に期待して最終巻を読んだ。ありのままを話すと「雑誌で読んだ話をまた読んでいると思ったら違う話だった」。な…何を言っているのかわからねーと思うが(略)単行本化にあたり最終話が全く別の最終話に差し替えられていたのだ。つまりこの作品には「雑誌掲載版」と「単行本版」2つのエンディングが存在する。単行本化の際、とくに最終話付近で加筆する漫画家は多いと知っていた私は、一応ラスト3話分くらいの掲載誌をとっておいたのだが、さすがに度肝を抜かれた。両方の最終話を手に入れた者がいる一方で、掲載誌を処分してしまった者や後からハマった者達は阿鼻叫喚というまさに「天国と地獄」をつくりあげた作者はどうかしているが、作者の提案に快くOKを出したという編集部はもっとどうかしている。漫画業界のすみっこにはそういう自由でクレイジーな部分があり続けてほしいなと個人的には思う。ちなみに雑誌掲載の最終話、現在は作者のHPで読めます。
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天才にしか作れないモノがあれば、凡才にしか作れないモノがあり、天才にしか見えない世界があれば、凡才にしかわからない世界があると思うんですよ。私はあまりアニメ観ないし全然詳しくないけど(ぶっちゃけ作中に出てくるアニメほぼ知らない)、そんなことは全く関係なく面白い作品。 アニメだけでなく、あらゆる芸術・文化、それに学問などは、こういう風に受け継がれてきたんだろうなと思う。誰もが認める天才や、そういう人達の輝かしい功績、そういうものだけじゃきっと歴史は繋がらない。数えきれないほどの凡人とか、運悪く正当な評価を受けられず埋もれてしまった天才とか、彼らの努力の結晶を最高の形で世に出そうとしてくれる人とか、そういう人達が作り上げたモノを宝物みたいに大切にする人間がいるから、繋がって受けつがれていくんだと思うんですよ。読み終えて、胸がいっぱいになった。 そして私はこの福島聡という人の作画と漫画表現が本当に本当に好きだ。
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まだ松本次郎を知らなかった私は、たまたま立ち読みしたIKKIに掲載されていた最終話の一話前の「フリージア」に直感的に「よくわからんけど凄い気がする」とよくわからん衝撃を受け、その号からIKKIを買い続けることになった。その直感は正しかったと断言できるほど、松本次郎とIKKI(と後継誌ヒバナ)は私を支え続け、今の私を構成する重要要素となった。初めて通しでフリージアを読んだ時は「よくわかんなかったけど凄い作品に出会った気がする」と思った。ポロリと涙をこぼした場面もあった。10年くらい寝かせてからもう一度通しで読んだら10年の間にかなり理解力が上がっていたらしく、そこに加齢による涙腺のゆるみも相まって「すげぇわかるしすげぇ泣ける」ようになっていた。それでもまだわかり切れない部分が沢山あるがそれでいいんだと思う。そういう部分を誰かと語り合いたくなる。松本次郎の構成力(画面もストーリーも)の高さには圧倒される。
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「神を信じるな。ギャグを信じよ。」 これが第一巻の帯に書かれたキャッチコピーである。こう言われて頷けない人間が、はたしているだろうか。いやいるだろうよ。 生きるために信仰を必要とする人は多いだろうが、生きるためにギャグを必要とする人は極少数派だろう。そんな世界においてこの上野顕太郎(ウエケン)という人間はギャグを描かないと死ぬ人間だ。だのに今現在この人は商業漫画誌で描いておらず、大学の非常勤講師等々をしている。なぜか。出版社にとっては、この人に描かせても儲からないからって事なんだろう。 この作品は某月刊誌で連載しており「新しい事を計画中なのでちょっと休みます」みたいなコメントを残し休載に入った。ファンとしては寂しさを抱えつつも新しいウエケンに期待していたのだが、いつまで経っても続報がないためその月刊誌の公式サイト(現在は無い)に確認しに行った。ありのままを話すと「この作品は休載中だと思ってたら『過去の掲載作品(連載終了作品)』のページに収められていた」な…何が起きているのかわからねーと思った。つまりは「読者に何の説明も無しに打切りになっていた」という事だと思うんだが未だに何があったのかよくわからない。ただコロナ不況が、作者にも掲載誌にも大きく影響したのだろうと思う。とても悲しい。 ウエケンはギャグを描かないと死ぬ人間だ。でも彼は生きてXの更新とかしている。いま彼はきっと頭の中でギャグを描いているんだ。ストックしたくだらないネタを、彼の超絶漫画表現で開放する日がいつか来るはずなんだ。 「夜は千の眼を持つ」第237回、私はいつまででも待ってるからね。大好きだよ、ウエケン!